Masuk――なんちゅうええ女や!
憂いを帯びた大きな瞳は、それだけで男を虜にするに十分だった。
「な、なぁ藤原くん、あの哀しそうな眼差し……なんか吸い込まれそうにならへん?」
「お、おぉ……」
二人の視線は直美の体型へと移った。
スポーツジムのインストラクターをしている、無駄のない均整のとれた肉体。それでいて服の上からでも分かる豊満な胸が、女性としての妖艶さを醸し出していた。
黒髪ショートカットの彼女に、坂口がいなければその場で襲い掛かりたくなる様な衝動を二人は覚えた。
「直美ちゃん、久しぶりやないかえ」
そう言って健太郎が、直美の太腿を頬ずりしながらさする。
その時だった。藤原と本田は我が目を疑った。
「な……こ、この変態親父っ……!」
言うか言わないか、直美の憂いを帯びた大きな瞳が吊り上がり、素早くすっとしゃがみ込むと、膝蹴りで健太郎の顎を破壊した。
そして吹っ飛んだ健太郎の上に馬乗りになると、パンチの連打をボディに叩き込み、最後に立ち上がり全体重を乗せたエルボーをみぞおちに叩き込んだ。
「ぐえっ……」
この様を見ていた藤原と本田が、抱き合いながら言った。
「お……恐ろしい子やなぁ藤原くん……」
「お、おぉっ。見かけとはえらい違いや……」
健太郎が、体をピクピク痙攣させながら起き上がる。
口からは血が流れていた。
「相変わらずのプッツンやなぁ、直美ちゃん」
血を拭い、そう言って健太郎が笑った。
「何言うてんのよ、この豚」
「どや、ええ子やろ。この子入れると入れへんでは、戦力が全然ちゃうで」
健太郎の笑みに藤原と本田は、なんともまぁたくましいお二人で、そう思った。
「ちょっと、戦力って何の事なん? 私も仲間に入れてよ、何の話してたんよ」
そう言って、直美があぐらをかいて腕組みする。
「仲間外れになんかするかいな。ええか直美ちゃん、よぉ聞きや。実はな……」
健太郎が事の成り行きを話し出す。見る見る内に直美の瞳が輝いていった。
* * *
「やるやる! 私絶対に行く!」
直美は大はしゃぎだった。
「ねえねえ、相手はモンスターなんやから本気だしてもええんでしょ? 私いっぺんでええからやってみたかってん、ほんまもんのバトル。それも手加減せんでええやなんて、最高の話やんか。なあ健太郎、絶対連れてってよ」
「当たり前やないか。直美ちゃん一人おったら男5・6人分の働きはしてくれるさかいにな」
「メリケンサックにプロテクター、拳あり蹴りあり、最高の肉弾戦やんか。こんな経験、したくても普通出来ひんよ。それに銃もあるやなんて、楽しみやなぁ」
藤原と本田は真っ青な顔をしていた。
健太郎は陽気に直美の反応を喜んでいる。
坂口は……これでしばらく俺はどつかれんで済むな……こいつ鬱憤たまったらすぐ俺に攻撃してくるからな……と、安堵の表情を浮かべていた。
* * *
「こんだけ持ってきました」
健太郎が大きなバッグを部屋に持ってきた。
「早い者勝ちやで。好きなん選びや」
5人で銃器の物色が始まった。
まるで遠足前の子供のように、陽気に騒ぎながら銃を手に取る。
既に迷彩服はみんな着ていた。
5人とも、すっかりその気になっている。
「俺はやっぱしガバやのぉ」
健太郎が、パンケーキタイプのホルスターにコルト・ガバメントを差し込む。
「藤原はやっぱりベレッタか」
「あぁ、これが一番手にしっくりくるんや」
「お前は外人並みに手がでかいからのぉ。俺が持ったら、その丸まったグリップを握りきれん」
「逆に俺は、ガバやったら手が余るんや」
「よっしゃ、僕はグロックや」
坂口が言った。
「前グアムに行った時に色んな銃撃ちまくったんやけどな、これが一番撃ちやすかったんや。反動も少ないし連射もしやすかったしな、日本人にはグロックやで。まぁ、見かけはごっつう安物くさいんやけどな」
「私はSIGね。自衛隊が使ってたぐらいやから使い勝手もいいと思うし。マガジンチェンジもそう手間取らへんと思うし」
わいわいと騒いでいる中で、本田が一人うつむいたままうなだれていた。
「どないしてん本田、何落ち込んでんねん」
「だって……そんなん言うたかて、みんな僕の大事な銃持っていって……残ったんこれやで」
と、本田がトカレフを見せた。
その瞬間、部屋中が笑いに包まれた。
「わ、笑わんかってもええやんか……」
「泣くな泣くな。お前には一番似合っとる。後は、と……そうや、鉈は足に縛り付けて、ほんでショットガンは、責任を持って使わせてもらう」
「ほんで、いつ殴りこみかけるんや、山本くん」
坂口が真剣な表情で言った。
「明日の朝一番には出ます」
「そか……ほんだら今日は早よ寝よ。明日5時起床や」
「はい。ええな藤原、本田。気合入れて寝ろや。目ぇ覚めたら殴り込みやさかいな」
「おぅ」
「う、うん」
「よっと」
坂口が布団をその場に放り込んだ。
「適当に使い」
「何から何まですんません」
「ええよええよ、気にせんと使い」
「すんません」
健太郎と藤原が寝転んだ。
「明日やぞ藤原。これで俺らも、戦争を知っとる世代の仲間入りや」
「すまんな、健」
「気にすんな。そやけどこれだけは約束しとこや。絶対生きて帰ってくるで」
「当然やろ」
二人が固く手を握り合う。
「……と、坂口さん、何してはりますん?」
坂口は机に向かい、何やらしていた。
「ん……ああ、原稿が途中やから仕上げとかなあかんねん。明日が締め切りやからな。それと、もっぺん神話のおさらいもしときたいしな。気にせんと寝とき」
「すんません……ん? 本田、お前は何しとんねん」
「え? う、うん。もっぺん銃のチェックしとこうと思って。いざ実戦で動かんかったらあかんし……みんなの分もしとくね」
「そうかそうか、ええ心がけや。藤原、俺らは早よ寝よ。みんなの気持ち、ありがたく受け取ろやないか」
「そやな」
藤原の横に仰向けに寝転んだ直美が、目を伏せて静かに言った。
「健太郎。何かしてきたら明日のお陽さん、拝めんようにしたるからな。ちょっとでも触ってみい、分かってるやろな」
「おりゃっ……!」
健太郎が藤原を飛び越し、直美の横に転がった。
「心配せんでええって。俺はただ、ちょっとだけこの初々しい太腿を撫でるだけで」
「それがあかんっちゅうとるんやっ!」
直美の肘がみぞおちに入った。
「おげっ……!」
健太郎の意識が途絶えた。
結局坂口の案が通り、3人は徒歩で藤原宅を目指した。先頭の健太郎はショットガンを手に、体にクロスで巻いている散弾を突っ込み、前方から襲ってくる石像向けて発砲し道を作る。腰にはダイナマイトが巻かれ、囲まれた時にいつでも使用できるようにしていた。坂口は十字架を掲げ、「悪魔の下僕たちよ! 立ち去れ!」そう叫ぶ。そして近付いてくる石像にニンニクを投げつけていた。最後尾を任された藤原はベレッタを手に、石像の足を狙って動きを止める。そうしてる内にようやく、当初の予定であった東三国にたどり着き、物陰に隠れて一息入れた。「ふうううっ……」健太郎と藤原が、汗だくになった頭を振って汗を飛ばす。「おえ、ちょい一服や」「そやな」健太郎と藤原がそう言って、煙草に火をつけた。時計は12時になろうとしていた。「う~ん」坂口は腕を組み、うつむきながらうなっている。「坂口さん、どないかしはったんですか?」健太郎がそう聞くと、坂口は眉間に皺を寄せてぽつりとつぶやいた。「おかしい。十字架も……ニンニクも効かん……」「はぁ?」「このモンスターには何が効くんやろか……」健太郎が溜息を漏らした。
粉々になった石像の残骸の中、直美が鼻歌を歌いながら陽気に突っ走る。「ルンルルン♪ ルンルルン♪」目の前に二体の石像が現れ、直美の行く手を遮る。「おおおおりゃああああああああっ!」直美はすかさず一体の顔面に正拳の三連打をかまし、ひるんだ隙にもう一体の石像に蹴りを見舞った。ボロボロと石像たちが崩れていく。顔面のなくなった石像に、直美は飛び上がって胸目掛けて膝蹴りを食らわした。「楽勝楽勝!」狂喜に瞳を輝かせながら、直美がひた走る。いきなり建物の陰から現れた石像がタックルをきめ、直美がバランスを崩して倒れた。「やるやん、石像」ニタリと笑った直美が、すかさずエルボーを頬に叩き込む。顔面に亀裂が入り、直美を掴んでいた腕の力が緩んでくる。それを直美は見逃さず、膝を何度も腹にぶち当てた。最後に腕を掴んで力任せに握ると、何と腕が粉々に砕けた。「ふうっ」一呼吸入れ、直美が立ち上がる。「動きもとろいし分散してるし、そやけど叩き壊す時の手応えはしっかりあって……やっぱ最高やんか!さあ、ほんだらいてこましてみよか。一遍してみたかったもんね。試さんと絶対後悔しそうやし」そう言って直美が柔軟体操を始めた。そうしている内に、不気味なうなり声と共に新たな石像が現れた。
「分かった。直美ちゃんはフリーの方がええんやな」建物の陰に隠れ、5人が作戦を練り直していた。「当然やん。こんなん、ペア組んだら足引っ張られるん目に見えてるもん。さっきの二人見て、よぉ分かったわ」「ほんだら……俺は藤原、お前と組むわ」「おぉ」「ぼ、僕は?」本田が泣きそうな顔で聞く。「心配すんな、お前は坂口さんと組んだらええ」「う、うん……分かった……」「坂口さんは、それでいいですか」「ああええよ、何とかなるやろ。それよりな、ひとつ問題があるんや」「え……なんですか、問題って」「聖水がなくなってしもたんや。最初に景気よぉ使いすぎた」「は、はぁ……」その時、本田のポケットから携帯が突然なった。健太郎が頭を抱える。「おえ本田、お前何考えとんねん。こんな所に携帯持ってきて、何に使う気やねん」「うん。あのね、宏美ちゃんと連絡取り合うんに持っててん」本田が携帯を手にする。「アホやめとけ、罠や罠や」「大丈夫やって。ほら、画面にも『宏美ちゃん』って出てるやろ」健太郎が止める間もなく、本田が話し出した。「はいもしもし、宏美ちゃん?」
「おえ本田、もうすぐやさかいにな、左に寄っとけ。ほんでちょっとスピード落とせ。そろそろやで……おえ本田っ! 聞こえへんのか! スピード落とせっちゅうとるんや! 左に寄れっちゅうとるんや!」「本田」藤原が本田の顔を覗き込むと、本田は唇を異様に歪ませながら笑っていた。「うひっ……うひひひひっ」「おい健、あかんわ。こいつ、完全に頭飛んどる」「な、何やと……」「うひひひっ……だ、誰にも負けへんで……ぼ、僕が一番速いんや……」東三国の標識が見えてきた。しかし本田は車線を変える事なく、そのままアクセルを踏み倒す。あっと言う間に東三国を通過した。「あ、あかん、キレとる……おい健、こんまま行ったら梅田まで行ってまうぞ」「んなアホな……」健太郎が頭を抱えた。「こんなん、頭吹っ飛ばしたらしまいやんか」言うか言わないか、直美がSIGを本田の頭に向けた。健太郎が慌ててそれを止める。「何すんのよ健太郎、こうでもせんかったらこいつ、止まらへんやろ」「いやいや直美ちゃん、それは最後の手段にさせてくれ」「ほんだらどないすんのよ」
坂口が住む寝屋川から大阪市内に入る近道は、阪神高速守口線である。しかしあえて健太郎は迂回し、再び高槻に戻っていた。それは阪神高速から市内に入ろうとすれば、どうしても一度、わずかな距離であるが市街に出てしまうからであった。街がどの様な状態か分からない以上、リスクは最小限に抑えたかった。目的地である藤原の家に行こうとすれば、北からバイパスの新御堂筋を使った方が危険は少ないと健太郎は考えた。* * *国道171号線で、一旦車を止めた健太郎が言った。「第一関門は新御堂筋〈しんみ〉やな」早朝の肌寒い冷気の中、白い息を吐きながら健太郎が地図を開く。どうして車にナビがついていないのかと聞いた本田は、既に左目の辺りに青い痣を作っていた。藤原ほどではないが、健太郎も何でも便利になっていく流れに抵抗感を持っていたのだ。ボロボロのページを開き、道を指でなぞる。「ここには恐らく機動隊か、ないしは自衛隊がおるはずや。よそん所よりも抵抗が強いかも知らんが、そやけどここを突破するんが一番早いからな。一気に突破したろやないか」「強行突破か」「そや。ちょっと危険かも知らんけどな……最悪銃撃戦も覚悟しとかなあかん。迂回して市街に入って、無駄に石像と接触するんは避けたいからな。気合入れて行こやないか。そやけど、市内から外に出ようとするやつらには警察も目の色変えよるやろうけど、入っていく分にはそない大した抵抗はないかも知らん。ほんで一気に突っ走って東三国、ここで降りる。
――なんちゅうええ女や!憂いを帯びた大きな瞳は、それだけで男を虜にするに十分だった。「な、なぁ藤原くん、あの哀しそうな眼差し……なんか吸い込まれそうにならへん?」「お、おぉ……」二人の視線は直美の体型へと移った。スポーツジムのインストラクターをしている、無駄のない均整のとれた肉体。それでいて服の上からでも分かる豊満な胸が、女性としての妖艶さを醸し出していた。黒髪ショートカットの彼女に、坂口がいなければその場で襲い掛かりたくなる様な衝動を二人は覚えた。「直美ちゃん、久しぶりやないかえ」そう言って健太郎が、直美の太腿を頬ずりしながらさする。その時だった。藤原と本田は我が目を疑った。「な……こ、この変態親父っ……!」言うか言わないか、直美の憂いを帯びた大きな瞳が吊り上がり、素早くすっとしゃがみ込むと、膝蹴りで健太郎の顎を破壊した。そして吹っ飛んだ健太郎の上に馬乗りになると、パンチの連打をボディに叩き込み、最後に立ち上がり全体重を乗せたエルボーをみぞおちに叩き込んだ。「ぐえっ……」この様を見ていた藤原と本田が、抱き合いながら言った。「お……恐ろしい子やなぁ藤原くん……」「お、